『エイリアン』と『エイリアン2』の決定的違いとは?静と動の対比

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「同じ恐怖でも、ここまで色が違うの?」

リドリー・スコットが描いた、息を呑むような静寂の恐怖『エイリアン』。

ジェームズ・キャメロンが、静寂を爆音で塗り替えた究極のエンターテインメント『エイリアン2』。

この2作は、同じ「エイリアン」という題材を扱いながら、映画としての手触りが全く違います。まさに「静」と「動」の対比です。

本記事では、なぜこの2作が明らかに違うのか。そしてその違いが、なぜ両方を傑作たらしめているのかを解説します。

エイリアン」と「エイリアン2」の決定的な違いを深掘りしていきましょう。

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『エイリアン』と『エイリアン2』、最大の違いは演出の対比

『エイリアン』と『エイリアン2』、この2作の最大の違いは演出です。

『エイリアン』は静寂が支配するホラー映画、『エイリアン2』は圧倒的なスケールで描くアクション映画です。

①『エイリアン』は静寂が支配する恐怖の演出

『エイリアン』の真骨頂は、情報の欠如が生み出す「静寂」の演出にあります。

あえて音を消し、姿を見せないことで、観客の想像力を刺激し「どこにいるかわからない」という根源的な恐怖を最大化させています。

象徴的なのが、ダラス船長が通気孔を捜索するシーンです。

聞こえるのは自身の荒い息遣いと、単調な動体探知機の「ピッ……ピッ……」という電子音のみ。

BGMを排除した静寂の中で、闇の先への恐怖がじわじわと高まり、一瞬の接触が最大の衝撃をもたらします。

このように徹底して「静」を貫くことで、「エイリアン」は観客の精神をじわじわと追い詰める心理的ホラーを完成させました。

②『エイリアン2』は圧倒的なスケールで描くアクションの演出

対する『エイリアン2』は、五感を爆発させるような「動のエネルギー」に満ちた演出が特徴的です。

「戦争」をテーマに掲げたキャメロン監督は、大量の光・音・火薬を用いることで、観客を戦場へと引きずり込む圧倒的なライブ感を追求しました。

例えば、海兵隊がエイリアンの巣に足を踏み入れるシーンが挙げられます。

  • 激しく鳴り響くアラーム
  • 暗闇を切り裂くストロボのようなフラッシュ
  • パルスライフルの重厚な射撃音が連続

次々と壁を突き破って現れるエイリアンの群れと、それに応戦する火力の応酬は、まさに「動」の演出の極致と言えます。

「動」の演出にシフトしたことで、『エイリアン2』はホラーの枠を超え、観客のアドレナリンを最大化させる究極のアクション映画へと進化しました。

主人公リプリーの変貌と敵(エイリアン)の描かれ方の違い

また演出だけでなく、キャラクターやモンスターの立ち位置も「静」から「動」へと劇的な変化を遂げています。

物語の核心に迫る「リプリー」と「エイリアン」の対比を見ていきましょう。

①『エイリアン』では生存、『エイリアン2』では戦士。リプリーの心理的変化

主人公エレン・リプリーは、一人の「生存者」から、自ら運命を切り拓く「戦士」へと覚醒します。

『エイリアン』の彼女は、恐怖に震えながら生き残るために逃げるしか方法がありませんでした。

ただ『エイリアン2』では守るべき存在(少女ニュート)を得たことで、恐怖を克服し立ち向かう強さを手に入れます。

例えば、その違いが最も顕著に現れるのがラストシーンです。

『エイリアン』のラスト下着姿に近い無防備な状態で、エイリアンを宇宙へ放出することでかろうじて勝利
『エイリアン2』のラスト自らパワーローダーに乗り込み、エイリアン・クイーンと正面から肉弾戦を繰り広げる

リプリーの「静」から「動」への変貌こそ、観客が物語に深く感情移入し、カタルシスを感じる最大の要因となっています。

②『エイリアン』は完璧な個体、『エイリアン2』は統率された軍団

敵である「エイリアン」そのものの描き方も、一匹の謎めいた存在から、組織的な大群へと変化しています。

『エイリアン』は「生態が不明な生物への根源的な恐怖」を、『エイリアン2』は「圧倒的な数と統率力による戦略的な恐怖」を描くことに主眼が置かれています。

例えば、1作目のエイリアン(通称:ビッグチャップ)は、暗闇に紛れ、神出鬼没に一人ずつ乗組員を仕留める「完全生物」としてのカリスマ性がありました。

一方、2作目のエイリアンは、クイーンの指揮のもとで自爆同然の突撃を繰り返し、基地の電力を切るなどの知性を見せる「軍隊」として描かれています。

このように、モンスターの描き方をあえて変えたことで、前作と同じエイリアンを使いながらも、全く飽きさせない絶望感を演出することに成功しました。

『エイリアン』シリーズをつないだ「静」から「動」への完璧なバトン|まとめ

『エイリアン』と『エイリアン2』は、一見すると正反対の映画です。

ただ、この「静」から「動」への完璧なバトンタッチこそが、シリーズを伝説たらしめている理由です。

もし『エイリアン2』が『エイリアン』の「静かな恐怖」をただ繰り返していたら、観客はマンネリを感じていたかもしれません。

エイリアン』の「静かな溜め」があったからこそ、『エイリアン2』の「動的な爆発」が最高級のカタルシスを生みました。

例えば、映画史を振り返っても、これほどジャンルを大胆に変えながら両作とも満点に近い評価を得ているシリーズは稀です。

  • 『エイリアン』は、暗闇の中で「何かがいる」という不安を極限まで高める芸術的な恐怖
  • 『エイリアン2』は、その正体を白日の下に晒しながら真っ向から闘う最高のエンターテインメント

このように『エイリアン』の決定的な違いとは、手法は違えど「観客を未知の体験へ引きずり込む」という情熱の向け方に集約されます。

静」のリドリー・スコットと「動」のジェームズ・キャメロン

二人の天才監督が描いたコントラストを意識しながら、ぜひ、人間とエイリアンの壮絶な戦いを観てみましょう。

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